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クラウドとは何か

現状

クラウド、という言葉を聞いたことがあるでしょうか。近年はメディアで非常に多く取り上げられるほか、IT事業者が声高に「クラウド」と叫ぶ姿が見受けられます。おそらく、「クラウド」という言葉がバズワードと化したことで、「クラウドと言っておけば何かすごいものだと理解されるために言ってるほうも分かっていないけれど言っておけば売上につながる」という事態が生じているのだと思われます。

そもそも

クラウド、という語は抽象的なリソースを表すために雲状の図形をかき、そこにつながっているということでそこから先を無限とみなす、という「考えやすくするために部分的に極端な定義をして省略する」手法から来ています。

主にこれはインターネットを表すために用いられました。インターネット上のリソースは第三者(自分が関わらない部分)によって拡大されますから、そこを厳密に決めることができません。そのため、「インターネットにつながっている」ということで説明される部分が大きく。そこから先は考えなくてもある程度説明が可能でした。

この応用としてクラウドコンピューティングという語が誕生しましたが、これは「新しいものを生み出した」というよりもこれまで当たり前にあったものに名前をつけた、というものです。

はるか古の時代、コンピュータはきわめて高価で巨大なものでしたから、何台も導入することができませんでした。しかしそれでも複数人で使いたい、ということから、計算をするためのコンピュータは1台だけで、それを使うための部分だけを複数の端末として用意することで使えるようにしました。端末は今でわかりやすく表現すれば「キーボードと画面だけ」のようなもので、1台の「マザーコンピュータ」が全てを持っている、という「中央集権システム」でした。

時代が進むと徐々に小型化と高性能化が進み、ミニコンピュータによる「複数に分割した中央集権システム」を経てパソコンによる「分散システム」が登場します。ひとり1台の方式です。

コンピュータ・ネットワークも最初はUSENETなど、それぞれハブになるコンピュータにデータを配置する「分散システム」でした。ところが、インターネット普及によって一般化したクライアントサーバーシステムでは「データはサーバーにあり、計算もサーバーがする。サーバーは結果を返し、端末は結果を受け取る」という中央集権システムに回帰しました。

その後P2Pなど中央集権システムから分散システムへの流れがあったあと、Googleに代表されるウェブアプリケーション方式による中央集権システムが時代の流れになり、と、このように「中央集権システム」「分散システム」の間で進化のバランスによって振れてきた歴史があります。

中央集権モデル

「クラウドに必須なものはインターネットである」のように言う方が多いのですが、実際はインターネットは必要ありません。実際、私の家ですら、ある場所に立てばクラウドになるようになっています。

クラウドに不可欠なのは、抽象化です。やりとりの方法までは決められるけれど、その先向こう側の事情による制約は考えなくてもよいものとする、というのがクラウドコンピューティングです。

そして、クラウドコンピューティングの利用においては、その特定にクラウドに対して接続することが前提となります。ということは、そのクラウドリソースが集約して持っている状態ですから、中央集権型のモデルを採用するものです。ここは必要条件であり、中央集権モデルをなさないものはクラウドと呼べません。

しかし、中央集権モデルというだけでクラウドと呼ぶのは不適切です。にもかかわらず、それだけでクラウドと呼ぶ傾向はかなり強いと言えます。

そもそも中央集権モデルが無条件に良いもの、ではありません。それはいわば、レンタルCDショップのようなものです。レンタルCDショップが存在することで自分の手元に用意するよりも多くのCDを聴くことができる、ということはメリットですが、「わざわざレンタルしなくてはいけない」「聴こうとするとお金がかかる」「手元においておくことができない」というデメリットがあります。これは、実際にクラウド型サービスモデルにおいて存在するデメリットです。

抽象化

むしろクラウドにおいて不可欠なのは抽象化です。

さきほどのレンタルCDショップの例でいえば、「そのCDを置いていない」「そのCDは借りられてしまっている」というのは明らかにショップ側の事情による制約です。抽象化するからには、そうした事情は見えないようにしなくてはいけません。実際に在庫しているのか、それとも貸す時に速やかにどこからか調達してくるかということに関係なく(その部分は客側に見えないようにする)、「常にCDを借りることができる」という存在であるということです。

抽象的であるからには定量的であってはいけません。つまり、「月額1000円で毎月10枚借りられます」は全くクラウドではありません。ただし、「月額1000円で毎月10枚まで借りられます」となるとクラウドと呼べる要素があります。これは内部事情に直結した制約ではなく、上限を儲けられた上で必要とするだけ借りられる、ということになるためです。

わかりにくいと思いますが、実際クラウドというのは明確な定義がない上にわかりにくいものです。

従量課金制

クラウドが従量課金制を意味するものとして使われることもあります。

これは特にIaaSと呼ばれるタイプのクラウドサービスにおいてはコンピュータの力を「無限に」使えるため、どれくらい使ったかによって料金が決まる方式になっています。

従量課金というのは使用量によって料金が決まるものです。電話でいえば、1分いくら、というのが従量課金制、1ヶ月いくらでかけ放題、というのが定額制ということになります。

大抵の場合、ほんの少ししか使わないからということで料金を抑えることは難しいようになっているため(スマホのパケット料金もそうです。なお、スマホのパケット料金は上限付き従量課金制が一般的です)定額制よりも高額になることが普通です。

分散

実は分散技術をクラウドと呼ぶ、という中央集権モデルと逆となるわかりにくい風潮もあります。

それは、クラウドサービスを提供する上で「外からは無限に見えるリソース」を実現できるためにはクラスタモデルと呼ばれる複数のコンピュータをつないでまとめる手法が不可欠であるためです。

とはいえ、それを「クラウド技術」と呼ぶのは少々無知に過ぎます。それはあくまでもクラスタ技術であるためです。そのクラスタ技術を集約してクラウドサービスとして提供するための技術はクラウド技術と呼んでも差し支えないと考えられます。

クラウドは良いものか?

クラウドはただの種類です。適切な場合もあれば望ましくない場合もあります。

わかりやすくストレージサービス(データを保存できるサービス)で考えてみましょう。クラウドタイプのメリットは

  • どの端末からでも使える。例えばスマホを10台持っていてもその10台全てから使える
  • データが増えた場合にクラウドストレージを拡大すれば全体に対して拡大される。10台全部を拡大する必要はない
  • 接続環境(大抵はインターネット)があれば自分の端末でなく出先でもデータを使える

一方デメリットは

  • 接続環境(大抵はインターネット)がないと使えず、快適性が接続環境に依存する
  • 提供事業者の都合でデータが失われたり、不正に使用されたり、利用できなくなったりする可能性がある

といったことが考えられます。ほとんどの場合、インターネットを介してサービスを利用するクラウド型が手元に置くタイプのものと比較するのであれば、インターネット回線がいつでもどこでも超高速につながる、という前提は成り立たないため、クラウド型サービスは使いにくい、というのが一般的です。

さらにはVPSはクラウドではないとされる、などという話をはじめるともっとややこしくなりますが、それは置いといて話のポイントをまとめると

  • クラウドというのはただの種類。クラウドだからすごいわけではない
  • クラウドは第三者に委ねるという点に不安もある。適切に選ぼう
  • 意味もよくわからないままひたすら「クラウド」を連呼する業者・自称専門家多し

ということになります。

Since: 2015-06-18 00:03:06 +0900
Last update: 2015-06-11 19:02:06 +0900
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