-*- ReasonSet -*-

Impreza WRX STIとLANCER Evolution

両者の歴史と対比

SUBARU Impreza WRXとMITSUBISHI LANCER Evolutionは永遠のライバルであり、歴史に残る最高のパフォーマンスカーです。

どちらも安価でありながら世界に類を見ないハイパフォーマンスマシンであり、かつてはWRCで凌ぎを削ったクルマでありながら、様々な点で対照的です。

WRCは世界の公道でタイムを競う競技で、舗装路、ダート、雪道など様々な環境の決められた区間を可能な限り速く走ります。現在は1600ccターボマシンで競われているWRCですが、1987年からは12ヶ月に5000台以上を生産した市販車を制限された改造で走らせる2000ccターボでAWDの「グループA」となり、1997年からは12ヶ月に25000台以上生産された車種の派生モデル(エボモデル)だ、エボモデルは2500台の生産を要求した上でグループAよりも大幅な改造を許可した「WRカー」となりました。

スバルはかつてよりWRCに参戦しつづけていました。スバルはレオーネに代えて新型車「レガシィ」をWRCに投入していましたが、大きく重いレガシィはWRCには明らかに不利なクルマでした。スバルはそのようなことは百も承知であり、当初よりより適したクルマの投入を計画していました。

インプレッサは1992年11月2日、コンパクトなセダンとワゴン、そして一部にクーペを用意するクルマとして登場。レガシィから引き継いだEJ20Gに加え、サイズダウンしたEJ18とEJ15を搭載。「日本一安いセダン」でありながら、FF、AWDをラインナップし、非常に優れた操安性を確保し、華奢で優雅な見た目という優れたクルマでした。

また、通常モデルが「乗用車」であるのに対し、EJ20ターボを搭載する「WRX」は圧倒的なパフォーマンスを発揮するスポーツカーでした。値段的には一般的な大出力セダンよりも安いものの、値段が倍以上する酷さんスポーツカーを遥かにしのぐパフォーマンスを、しかも安全かつ容易に引き出せるクルマだったのです。このインプレッサWRXは1993年8月、WRCにデビューします。

さらに1994年10月、Impreza WRX RA STiがデビュー。これは競技用の限定車で、タイヤサイズがアップし、巨大にそびえたつリヤウィングを持つものです。優美でおとなしいセダンに似合わぬ戦闘的な翼、これがインプレッサのイメージとなります。このクルマは特殊であり、通常の登録はできず、直接陸運局に持ち込んで改造車申請をしなければなりませんでした。

1995年には改良版のImpreza WRX STi version IIがデビュー。このモデルからSTiバージョンもカタログモデルとなり、「高性能で日常的に使えるWRX」「真のパフォーマンスを追求したミサイルのSTi」という二本立てが確立されます。

一方、ミツビシも1992年9月、1800ccのセダンであるランサーをベースとしたエボリューションモデル LANCER EVOLUTION をデビューさせました。ランサーGSRにギャランの心臓とドライブトレインを強引に移植、それまでWRCに参戦していたギャランよりも150kg軽く10ps高いハイパフォーマンスモデルでした。ちなみに、ランサーの中で車体強度が高めに設計されていた中東向けモデルの車体を採用したそうです。

LANCER EVOLUTION(通称「ランエボ」)はカタログモデルではなく、広告さえなされませんでした。そしてLANCER EVOLUTION IXまでカタログモデルになることはありませんでした。

同じ乗用車ベースの2000ccターボAWDでWRCに参戦していた両者ですが、その素性は真逆といってもいいほどです。

カタログモデルのインプレッサに対してあくまでエボリューションモデルのランエボ。インプレッサは比較的プリミティブな構成ですが、ランエボは電子制御で武装したハイテクモンスター。オーバーステアでブレーキを踏めば簡単にインが入るインプレッサに対してアンダーステアで安定傾向のランエボ。土の匂いがするインプレッサに対し元よりサーキットで圧倒的に強かったランエボ(ただし第一世代の話。第二世代からは事情が変わってくる)。WRCで一番にWRカーに切り替えたスバルに対してEVO VIまでグループAで戦っていたミツビシ(ただし、EVO V投入時にライバルチームの承諾を得てグループAの規定をこえた改造を行っている)。優美なインプレッサに対していかついランエボ。あくまでマニュアルミッションのインプレッサ、DCTを採用したランエボ。青いインプレッサ、赤いランエボ。対照的な、なくてはならないライバルでした。

2005年、ミツビシはWRCのワークス活動停止を発表。そのため、ミツビシのWRCベースカーはLANCER EVOLUTION VI T.M.Eが最後です。一方のスバルは2008年をもってWRC参戦を終了。同一車名による14年の参戦は最長記録となりました。

スバルは1995-1997年の3年連続でマニュファクチャラータイトルを獲得。一方ミツビシは1996-1999年にトミ・マキネンさんがドライバーズタイトルを、1999年にマニュファクチャラーズタイトルを獲得。「速くするために大きなエンジンを積み、高価になる」という欧米的常識、ヒエラルキーに逆らった小さいクルマをターボと電子制御で武装する安価なスポーツカー。そしてそのパフォーマンスは数千万円するクルマと対等以上に戦えるレベル。「安かろう悪かろう」の日本車のイメージ、よく言っても「日本人にスポーツカーは作れない」と言われていたことを覆し、日本車のシンボルとなりました。

インプレッサの歴史

1992-2000年のGC/GF系はミッションやエンジンブロックの弱さなど改造に不向きな点があり、チューニングカーとしてのサーキットでの速さはいまひとつだったものの、誰でもとても速く走らせられるクルマとして人気でした。また、この初代のみ1.8Lエンジンモデル、クーペが存在し、またフォレスターへの布石となった車高アップバージョン「グラベルX」、そしてレトロ風マスクとした「カサブランカ」というモデルもありました。

最終的にはSTi Version VIまで進化し、スタンダードモデルのほか、快適装備をはずした競技ベース車type RA、2ドアクーペのtype Rも存在しました。また、WRCカーと同じルックスに仕立て、エンジンを2.2Lに拡大したImprezaa 22B STiも555台限定で登場、いまでも超プレミアとなっています。一方、サーキットをターゲットに性能を強化したド派手なWRX S201も登場しました。特に後方からみるとまるっきりレーシングかーであり、しかもあまり品のいいルックスではないという。

2000-2007年のGD/GG系は大幅に強化されたボディ、フレーム、ミッションにより戦闘力は大幅に向上。当初、1.5と2.0L NAの乗用車ワゴン、NAとターボのセダンWRXを用意し、待望の投入をされた IMPREZA WRX STI は6速ミッションを採用しました。STIもウィングは大幅に小型化。空力特性が非常に悪いと言われ、WRCではボディワークを大幅に変更、それを踏襲した IMPREZA WRX STI Prodrive も登場しました。この「丸目インプ」はロード向け高性能バージョンS202も登場しました。

2002年に通称「涙目」にフェイスリフト。丸目は「欧州で人気の楕円ヘッドライト」「車両感覚をつかみやすくするためボンネット両端はふくらんでいるべきだ」と言っていたにもかかわらずボンネットの左右が低いものとなりました。ワゴンSTIは廃止、S203もデビュー。そして2005年、「鷹目」と呼ばれるフェイスリフト。もはや「スバル迷走の象徴」となっていました。この後期型はロード向け高性能バージョンS204に加え、このモデルを締めるスーパーモデルとして IMPREZA WRX STI spec C type RA-Rが登場、一脚50万円と言われるレカロシートを採用するなどまさに「極めた一台」でした。そのコンセプトは「純粋に速く、安全に、本気で攻められるインプレッサ」。

ちなみに、2代目は涙目WRXと鷹目WRX ATが警察に採用されており、高速道路では恐ろしい存在となっています。

3代目GE/GH/GR/GV(2007-2011)は日本では5ドアハッチバックのみの展開。かなり大型化しました。北米では4ドアセダンも存在。2Lターボモデルは「S-GT」というグレード名、一方海外では2.5Lに拡大され、WRXの名を採用していました。WRCにも5ドアで参戦、日本では5ドアSTI(IMPREZA WRX STI)のみであり、「5ドアのほうが高いパフォーマンスを得られる。パフォーマンスを求めたSTIに4ドアを作る気はない」と言っていたものの、北米には存在した上に、2012年、インプレッサが4代目となるのに伴ってWRX STIという独立したモデルとなる(正式名称は変わらず IMPREZA WRX STIで、あくまで販売戦略上のもの)のに伴って日本にもセダンSTIが登場。さらにセダンはインプレッサアネシスの名で登場。また、2010年にクロスオーバー風(あくまで見た目のみ)モデルXVも登場。

2012年に乗用車インプレッサはGP/GJ系の4代目となり、5ドアハッチバックを「スポーツ」、4ドアセダンを「G4」と名称し、一気にスタイリッシュに変身しました。

相変わらず安価でありながら高性能で優れた素性を持つクルマであり、FFとAWDが用意されています。さらにEyeSightなどの優れた安全装備も持ち、ボディね非常に安全。途中から登場したクロスオーバーモデルXVはちゃんと走るクロスオーバーで、さらに世界初のボクサーハイブリッドエンジン搭載車も追加されました。

一方のWRXは2014年に次なるモデルが登場。正式にSUBARU WRXとなり、シャシーはレヴォーグと共通のものを使用、エンジンは変わらずEJ20。さらにミサイルモデルWRX STIに加え、3代目でなくなっていた常識的で高性能なクルマとして楽しめるWRX S4も設定されました。これはデザインもインプ列さとは決別したものです。

JTCCには1996年と1998年にSYM'Sよりワゴンモデルで参戦、さらにJGTC/SUPER GTには特別の認可を得て4ドアモデルを含めて参戦していました。

エンジンはスバルのアイデンティティである水平対向(ボクサー)エンジン。振動が少なく低重心で高い安定性と衝突安全性を持ち、ドロドロとした唸るような攻撃的なサウンドが特徴です。

ランエボの歴史

インプレッサよりも積極的な改良、大型化をすすめてきたランエボは1994年にEVOLUTION IIとなり、1995年にIIIとなると一気にもはや普通のクルマには見えない大型リアスポイラーや大きくあいた口を持ち、1996年のIVではランサーに合わせてボディを刷新。1998年のVではワイドボディを採用し大変身、もはや「恐い」とさえ言われる外観となり、1999年にその改良版VI、12月にはさらに改良を進めたVI Tommi.Makinen Editionが登場。

2001年にはベースモデルがランサーセディアとなったVIIとなり、以前と比べるとおとなしい外観に。ボディなどサイズに伴う欠点を克服。しかし、ランサーセディアとは全長などが違うことから「セディアのエボリューションモデル」と認められずホモロゲーションを取得できませんでした。また、このモデルでGT-Aというランエボ初のATモデルと、2005年のIXではワゴンモデルが登場しました。また、販売はされていませんがMIEVテストモデルも存在します。

この後、VIII, VII MR, IX, IX MRと順当に進化していきます。

そして2007年、最後のモデルとしてLANCER EVOLUTION Xがデビュー。ボディはさらに大きく大型化し、強力な電子制御を採用、DCTであるTwin Clutch SSTモデルが標準とされています。戦闘力は著しく向上しましたが、筑波サーキットのテストでは3代目インプレッサに逆転されてしまいました。当初280psだったものの300psに向上、2014年に欧州で販売終了、これに伴ってイギリスでは特別限定車FQ-440 MRを用意、50台が60分で完売したこちらは440ps/57.0kg・mと著しいパワーアップ。2015年いっぱいで北米も終了し、こちらもスペシャルモデルが用意されています。日本ではシリアルプレート入りというのみ。

ランエボは公道向けモデルGSRと、競技ベースのRSが用意されています。

Since: 2014-09-01
Last update: 2014-11-19 13:32:00 +0900
About